50代専業主婦なのに自分の時間がない。でも、出かける予定を増やしたら、なぜか時間に追われなくなった話

朝活・ライフスタイル

母を連れて、GG感謝デーへ

今日は15日。

15日といえば、我が家ではもうお馴染みの「GG感謝デー」。

私は母を車に乗せて、スーパーへ向かった。

父と母は離婚しているので、二人はそれぞれ一人暮らしをしている。

母は腰の椎間板ヘルニアがあり、「腰が痛い」に加えて、「足も痛い」。

20年ほど前には脳梗塞も患っているので車の免許は、とっくの昔に返納した。

今は年金暮らし。

そう聞くと、家で静かに過ごしているおばあちゃんを想像するかもしれない。

でも、私の母は昔から、そんなにおとなしく家にいるタイプではない。

もう少し若かった頃は、

スーパーへも

レンタルビデオ屋へも

ゆっくり歩いて出かけていた。

ほんの1~2年前までは、バスに乗って出かけることもあった。

ところが最近は、バスの本数が減ってしまったおかげで

「午後からサスペンスドラマがあるのに、それまでに帰ってこられない」らしい。

母にとって、これはかなり重要な問題なのだ。

そんなわけで一年ほど前から

「買い物に連れて行って」と連絡が来るようになった。

それから週2回は一緒に買い物へ行く。

一人でも少しづつ歩いて行っているようだ。

ポイント5倍や5%オフ、シニアデーなんかに出来るだけ合わせていく。

そして私は、そんな母にまで「ポイ活」も勧めている。

GGカードまで作って持たせた。

このように自分の楽しみも母を巻き込んでいく。

最初の頃は、正直ちょっと大変だった。

更年期で体調がすっきりしない時期だったこともあって、

「週2回、母をスーパーに連れて行くのか……」

と、出かける前から少し疲れていた。

それが最近、あまり気にならなくなった。

今日も母を車に乗せて、スーパーへ向かいながら思った。

もしかして、これも朝活の効果なのだろうか。

母も、以前より少し元気になったような気がする。

もともと、どこへでも出かける母だ。

だから、家に閉じこもっていた人が外へ出るようになった、という話ではない。

それでも、人は外へ出るだけで、少しずつ何かが動き出すのかもしれない。

時間を気にする。

出かけるために着替える

人と会うために身だしなみを整える。

話をする。

年を取れば、そういうことさえ、少し面倒になってくる。

でも、その「少し面倒くさいこと」が、案外大事なのかもしれない。

以前どこかで、人は適度に気を遣ったり、少しのストレスは感じたほうがいい、というような話を聞いたことがある。

本当のところは分からない。

でも私は、そんな気がしている。

父も母も、できるだけ元気でいてくれたほうがいい。

親のためでもあるけれど、きっと私自身のためでもある。

そんなことを考えながら、今日も母をスーパーへ連れて行った。


そういえば、まだ大雨になる前の朝

少し話は変わる。

これは、まだ大雨になる前のこと。

以前、夫と片町2丁目あたりを歩いた、その次の週だった。

今度はその向かい側。

杉浦町から新竪町商店街のあたりを歩いてみることにした。

犀川の河川敷は、これまでにも何度も歩いている。

けれど、そこから少し入った裏路地を、新竪町商店街のほうまで歩くのは初めてだった。

飲食店が並んでいる。

そのすぐ先には、普通の住宅がある。

少し歩けば、また店。

また住宅。

いかにも「繁華街の路地裏」といった風景だった。

「こんなところに店があったんだ」

「ここ、住宅だったんだ」

そんな小さな発見をしながら歩いているうちに、新竪町商店街へ出た。

このまま竪町方面へ行くこともできた。

でも、その日はやめておいた。

「そっちは、また次回のお楽しみにしよう」

そう言って、私たちは大通りからUターンした。

河川敷へ戻る。

すると、さっきまでいた路地裏とは、まるで別の町のようだった。

朝んぽをしている人。

マラソンをしている人。

犬を連れて歩く人。

そして、動画を撮影している人。

朝の河川敷には、思っていたよりたくさんの人がいた。

ただ歩いているだけなのに、みんなそれぞれの朝を過ごしている。

駐車場へ戻る頃、私たちはもう汗だくだった。

「お腹すいたね」

朝んぽを切り上げて、モーニングへ向かった。

この日の目的地は、本屋さんの1階にあるタリーズ。

……と言っても、私の場合、モーニングだけが目的ではない。

むしろ、そこの本屋さんのほうが楽しみだったりする。

私は本が大好き、というほどの読書家ではない。

以前、勝間さんの本について「これは電子書籍にするべきだった」と書いたこともある。

それなのに、なぜか本屋さんが好きなのだ。

待ち合わせで時間を潰すとき。

誰かの用事が終わるのを待つとき。

本屋さんなら、2時間くらいは平気で待っていられる。

本を眺めながら歩いていると、時間が経つのが早い。

だからこの日も、モーニングを食べたあと本屋さんへ。

そして結局

「効率化、効率化」

と言っている私が、しっかり本を1冊買って帰った。


週一の朝活にも、意味があったのかもしれない

母との買い物。

少し前の、夫との朝んぽ。

こうして二つを思い出してみると、最近の自分に、少し変化があることに気づく。

以前の私は、いつも「自分の時間がない」と思っていた。

母の買い物に付き合う日も、

「あ~、今日も出かけるのか……」

娘や息子と出かける予定が入っている日も、

「また一日つぶれるな……」

そんなことを思っていた。

家事をして、用事を済ませて、家族に付き合う。

そうしているうちに、一日が終わる。

自分の時間は、どこへ行ったんだろう。

そんな気持ちになることがあった。

もちろん、家族と出かけるのが嫌だったわけではない。

寧ろ、行けば行ったで楽しいのだ。

ただ、「誰かのための時間」が増えるほど、「自分の時間」が減っていくように感じていたのだと思う。

ところが、週に一度、夫と朝んぽをするようになった。

朝から外へ出る。

歩く。

汗をかく。

モーニングを食べる。

そして帰る。

ほんの数時間のことだ。

出かけるための準備にも慣れた。

時間をやりくりすることにも慣れた。

そして何より、「出かけること」そのものを、以前ほど面倒だと思わなくなった。

母の買い物の日も、

「今日は母の買い物か……」

と構えることがなくなった。

家族と出かける日も、

「自分の時間がなくなる」

と思うより、

「じゃあ、その前後で自分の時間を作ればいい」

と思えるようになった。

不思議なものだ。

自分の時間がないと思っていたから、予定が増えることが嫌だった。

でも、あえて週に一度、自分たちで出かける予定を作ったことで、かえって時間の使い方が少し上手くなった。

朝活で、時間が増えたわけではない。

むしろ、出かける日が一日増えた。

それなのに、以前より時間に追われなくなった気がする。

もしかすると、私たちの週一の朝活には、こんなところにも意味があったのかもしれない。

毎日じゃなくてもいい。

何か大きな成果が出なくてもいい。

ただ、少し生活のリズムを変えてみる。

50代の暮らしは、たぶん、そういう小さな変化の積み重ねなのだ。

雨が上がったら、また歩こう。

その先に、また何か面白いものがあるかもしれない。