70代母の買い物付き添いが少し面倒だった。でも考えが変わった話

日々の記録

ハンドルを握りながら聞いた、市営住宅の人間ドラマ

週に2回。いつもの場所で母を乗せる。

母は78歳。

一人暮らしをしている。

車を走らせていると母は時々、近所の人の話をする。

母が住んでいる市営住宅には、母と同じような年代の一人暮らしの人が多い。

だから話題は、ご近所さんの人間ドラマだ。

先日は母より5歳ほど若い女性の話を聞いた。

最近、認知症になったらしい。

離れて暮らす娘さんが介護サービスを手配し、週に3回、迎えの人が来ることになった。

ところがある日、そのお隣さんは約束したこと自体を忘れてしまっていた。

「そんな約束はしていない」

玄関先で、そう言ってもめていたらしい。

しかし、不思議と毎月行われる市営住宅の掃除の日はちゃんと覚えている。

「娘さんも大変だね」

私はハンドルを握ったまま、黙って前を見る。

生きる知恵

人は、いつの間にか年を取る。

昨日までできていたことが、今日は少し難しい。

そんなことが、誰にでも静かにやってくる。

母自身も、昔とはずいぶん変わった。

料理が好きだった母が今では、

「料理するの、面倒臭い」

と言う。

だからいつもの買い物は

お惣菜と少しの食材。

欲しいものが高ければ、無理はしない。

マッシュルームが高ければエリンギにする。

出汁が高ければ少量のものにする。

「味噌汁なんて毎日食べなくったって死にゃあせん」

と言って。

それでもタバコとコーヒーは必ず買う。

「私が死んだらタバコを供えて」

と言う78歳。

小さな年金の中で、自分の好きなものを残しながら暮らしている。

これは節約術というより、出来るだけ自分の事は自分でとの思いから来る

「生きていくための知恵」

なのだと私は思った。

ある日母が言った。

「車が無いからご飯の用意ちょっと面倒臭いなぁって時はお弁当買いに行くのも面倒くさい」

その言葉が、妙に心に残った。

「今日は何もしたくない」

他人事ではない。私にもある。

朝はそれなりに動けたのに、なぜか夕方になると身体も気持ちも重くなる。

ご飯を作る。

洗い物をする。

それだけのことが、難しい仕事のように思える日がある。

「行きたいときに行けない」という不自由と、母への思い

私も以前は、今より遠くまで車を運転していた。

けれど仕事を辞め車を乗らなくなると、遠くまで運転が出来なくなった。

スーパーなら行ける。

でも、歯医者や病院、美容院となると、今でも夫に乗せて行ってもらう。

「ここへ行きたい」と思っても、自分一人では行けない。

相手の予定を聞き、都合を合わせる。

一つ一つは小さなことなのに、それが重なると

思っていた以上に不便でストレスになる。

「思ったときに、行きたいところへ行けない」

ということが、こんなにも苦痛なのか。

私は自分のことで、それを実感した。

母との買い物が面倒だった過去

以前の私は、親との買い物を負担に感じることもあった。

「せっかくの休日、父や母の足になって終わったな」

と思ったこともある。

でも今なら、少し分かる。

自分で車を出せるときには気づかなかったこと。

誰かに乗せてもらうようになって初めて分かること。

自由に行きたい場所へ行けないというのは、ただ不便なだけではない。

自分の暮らしを、自分だけでは決められないということなのだ。

父のことも思う。

父はもともと掃除も料理もしていた。

ところが、車の免許を返納してから、少しずつ家にこもるようになった。

「掃除も面倒臭い」

「料理も面倒臭い」

と言うようになった。

家に居ることが増えたのに部屋は散らかっていった。

もちろん、免許返納だけが理由だったのかは分からない。

年齢や体力、いろいろなことが重なっていたのだと思う。

それでも私は、あの頃の変化を覚えている。

だから母の話を聞いていると、以前とは少し違う角度から考えるようになった。

母との時間を楽しむと言う事

母にとって、買い物へ行くということは食料を買うだけではない。

自分で選んで

自分で決めて

自分の暮らしを続けていくための時間なのかもしれない。

そう考えるようになってから、

「どうせ一緒に行くのなら、母との買い物時間を楽しいものにしよう」

と思うようになった。

小さな発想の転換を。

子供の頃のように、母に「買い物をついて来てもらう」事にした。

母の頼み事だけではなく、他の用事も。

そして私自身も、これからの暮らしを少しずつ考えるようになった。

元気なうちに、できることをやっておく。

疲れた日は、無理をしない。

料理も掃除も、全部を今まで通り頑張らなくていい。

便利なものにも頼っていい。

子供達や孫との時間も楽しみながら

母が惣菜を買うように、私もこれからの自分の年齢に合った暮らし方を探していけばいい。

そんなことを考えながら、今日も母を迎えに行く。

車に乗った途端、

「そういえばね……」

と、また新しい話が始まる。

私はハンドルを握りながら、少しだけ笑う。

さて、次はどんな話を聞かせてもらえるのだろうか。