この数年、私の人生はめまぐるしく変わった。
発端は、40代の頃に訪れた身体の異変だった。
頭から滝のように流れる汗。
理由のない赤面。
かと思えば、真夏の夜中に寒さで目を覚ます。
「いよいよ、それが始まったんだ」
誰もがそう言ったし私自身も疑わなかった。
だが、現実容赦はなかった。
毎日のように続く大量の出血。
オムツ型ナプキンをつけても一時間と持たない日々が、1か月の半分以上を占めた。
年上の同僚が言った。「上がる前ぶれだよ」――その言葉を信じていたが色々と限界を超え
結局、接客業の仕事を私は手放す事にした。
ちょうどその頃、専門学生だった長女が言った。
「仕事辞めたなら通学に車を使いたい」
それが静かな「引きこもり」の始まりだった。
車を失い、体調は底を這い、人間関係はみるみるうちに面倒臭くなった。
ママ友たちのランチの誘いを断り、やがて世間はコロナ禍へと突入した。
それは、引きこもるためのあまりにも完璧な理由だった。
見かねた娘に押し切られるようにしてようやく向かった婦人科。
そこで告げられたのは、予想外の真実だった。
「排卵があるので更年期はまだ始まってないですよ」
子宮筋腫だった。
厄介な場所にあるそれが引き起こすホルモンバランスの乱れと大量出血と貧血、
そしてそれらが原因の自律神経の乱れがすべての元凶だった。
治療を先送りにしたまま、年月だけが流れていく。
長男の受験、次男の部活や送迎。
自治体の健康診断では医師に叱られ、
とうとう皮膚炎で通院中の総合病院の皮膚科の先生に婦人科の紹介状を書いてもらう事となった。
気がつけば、49歳。
子宮を取ってしまう手術の話も出たが
「年齢的に様子を見ましょう」となった
ここ一、二年の間に、ようやく出血は嘘のように少なくなった。
「ああ、これで自由になれる」
そう思った矢先、今度は、本当の「更年期障害」がやってきた。
十数年付き合っている「ホットフラッシュ」に加え
夜は小刻みにしか眠れず、昼間は眠たく、体重は増え、外で働く自信など微塵もない。
出産とマイホーム新築で半年間同居していた長女家族が新居のマイホームへと去り、
エンゲル係数の高かった食事作りや掃除洗濯のプレッシャーから解放されたはずの現在。
待っていたのは、まるで燃え尽きたような、すっかり干からびた私だった。
「何にもやる気が起きない」
しかし
「もしかしてただの怠け者なのではないか」「仕事もしてないのに家事くらいはやらなければ」
と、心の葛藤。
加えて離婚している両親からの
車の免許返納している事での容赦ないサポート依頼すらも
「面倒臭い」。
――このままではいけない。
そう思い立ったのは3月の終わり、桜が咲き始める頃だった。
私は、早起きが嫌いな夫を引っ張り出した。
目的は、朝日を浴びて歩く休日だけの「朝んぽ」。
決して仲が良いわけではない夫婦の、苦肉の懐柔策は「美味しいモーニング」だった。
今ではそれが毎週のルーティンだ。
だが、我が家の朝の光景は世間のそれとは少し違う。
夫は料理が届くまで携帯ゲームの画面を睨み、
あろうことか、モーニングを口に運びながらもゲームをやめない。
ふと周りを見渡せば、仲睦まじいシニア夫婦が優雅に会話を楽しんでいる。
最初は「恥ずかしい」「一言言おうかな」とも思った。
けれど、思い直す。
私たちはいわゆる「仲良し夫婦」じゃない。
朝活に子供達家族はいない。私達二人だけだ。
自由にそれぞれ好きなように食べたら良い時間じゃないか。
それぞれの世界に浸っているくらいがちょうどいい。
その方が揉め事も起きない。
この距離感が、今の私たちには心地いいのだ。
家事のやる気が起きない日もある。 まだ、完全に外の世界へ戻れたわけじゃない。
それでもいい。 ――50代、人生の折り返し地点。これからは、無理をしないと決めた。
朝日を浴び、コーヒーの香るカフェで、それぞれの時間を生きる。
そんな日々のなかで見つけた、自分をご機嫌にする私なりに実践している小さな工夫や、
これからの人生を少しだけ楽しくするヒント。
このブログでは同じように立ち止まるあなたへ向けて、私なりの試行錯誤を発信していく。
この物語のなかで、もしあなたの心に引っかかることがあったなら――。
その中の一つにでも、そっと共感してもらえたら嬉しい。

