昭和の記憶を探して、片町の裏路地へ

朝活・ライフスタイル

片町の裏路地に残る、懐かしい昭和の面影

その朝、私たちは片町へ向かった。

目的は、少しだけ昔の金沢を探すこと。

華やかな表通りではなく、一本、また一本と路地の奥へ入っていく。

そこには、今も昭和の空気が残っているような気がしていた。

この日は朝から暑かった。

カメラを持って歩き始めると、すぐに汗がにじんでくる。

それでも夫と二人で歩いていると、昔の話が次々と出てきた。

表通りにある今は薬局になっている建物。

私が小さかった頃、そこにはデパートがあった。

屋上で遊んだ。

おもちゃ屋さんを覗いた。

そして、レストランで食べたお子様ランチ。

小さな旗が立ったお子様ランチが嬉しくて、その旗を持って帰ったことまで覚えている。

そんな思い出の場所もいつの間にか姿を変え高校生の頃には、

そこはファッションビルになっていた。

「あれから、ずいぶん変わった」

そう思いながら、一歩路地裏へ

世代で違う?同じ街に見るそれぞれの記憶

すると、表通りとは違う時間が流れている。

古い建物。

細い道。

少し色褪せた看板。

「この辺り昔からあまり変わってないね」

「ここって昔ディスコだったよねー」

そんな話をしながら歩いていると、向こうから人の声が聞こえてきた。

男女合わせて十人ほどのシニアの団体だった。

みなさん楽しそうにワイワイ話しながら、朝の街を歩いている。

私たちと同じような「朝んぽ」なのだろう。

「こんな老後、楽しそうだなぁ」

そんなことを思いながら、すれ違おうとした、その時だった。

「ここに昔、ボーリング場があってなー」

ふいに、そんな声が聞こえた。

私たちが「ディスコだった」と思い出している場所を、

その人たちは「ボーリング場だった」と話している。

同じ街。

同じ道。

けれど、見えている景色は、それぞれ違う。

私たちには私たちの昭和があり、もっと上の世代には、また別の昭和がある。

街というのは、建物だけが残っていくのではないのかもしれない。

そこを歩いた人の記憶も、見えないまま残っているのだろう。

そして私達と同じような会話をしている。

そんなことを考えながら歩いていると、夫が言った。

「交番の横に神社があるから、行ってみよう」

犀川大橋を渡り、神社へ向かう。

いつものように手を合わせる。

そして帰ろうとした時、交番の裏側に、今まで見たことのない景色があった。

私はまた、いちいち感動する。

何度も歩いている金沢なのに、知らない場所はまだまだある。

だから朝んぽは面白い。

娘に教えてもらった人気店「足軽おむすび」で贅沢な朝食を

そして、この日のもう一つのお楽しみモーニングは娘に教えてもらったお店だ。

「今度、朝んぽに行ったら行ってみて!」

そう言われていた「足軽おむすび」。

Googleマップを片手に、夫と二人で少し迷いながら歩く。

スマホの画面を頼りにうろうろと歩く視界に、ひとりの外国人観光客が飛び込んでくる。

彼が纏うTシャツには、シュールに刻まれた「なんでやろ8番」の文字。

「なんでその言葉をチョイス?(笑)」

金沢の空気にすっかり溶け込んだその姿にクスッとしながら、賑わう店の暖簾をくぐった。

店内には観光客の姿も多い。

私たちも、その中に混ざっておむすびをいただいた。

ふわふわのお米。

口に入れると、ほどけるようなおむすびだった。

そして、あら汁が何ともとても美味しかった。

最後にはお抹茶までいただいて、朝からちょっと贅沢な時間。

帰る頃には、外国の方もたくさん待っていた。

外にも人が並んでいる。

その人たちの間を通り抜け、私たちは店を後にした。

そして、しばらく歩いたところで気づいた。

——胸元にぽつんと鎮座していたヒト塊の白いご飯。

よりによって黒い服に真っ白なお米がとてもよく映えている。

どうやら、おむすびの美味しさを胸にしっかり刻みつけたまま、店を出てきたらしい。

新しい発見があるから、金沢の「朝んぽ」はやめられない

笑いながら歩いて、駐車場へ戻った。

この日の歩数は、何だかんだで静かに5,000歩を超えていた。

昭和の景色を探しに来た朝。

そこには、私の子どもの頃のデパートがあり、

高校生の頃のファッションビルがあり、

夫と話したディスコの記憶があり、

そして誰かの記憶の中には、ボーリング場があった。

街は変わる。

建物もなくなる。

けれど、そこで過ごした時間まで消えてしまうわけではない。

たぶん私たちは、今日もそんな「見えない景色」を探しながら歩いている。

カメラを片手に。

そんな、暑い夏の朝だった。